田口美術です

田口美術の沿革

1916年 (大正5)先々代・兼市が県内の玉花堂での修業ののち可児郡可児町 (現可児市) にて玉陽堂を創業。掛軸、屏風、襖、衝立といった表具全般の仕事のほか建具なども取り扱い、地域のお客さま以外にも県内外の神社仏閣などの仕事も多く請け負う。

1972年(昭和47年)先々代・兼市の急逝にともない先代・公夫が会社勤めから玉陽堂の二代目を継ぐ。この頃より表具の仕事を軸装 (シミ抜き・古書画修復) のみに特化し併せて美術品の販売も手掛けるようになる。

1980年(昭和55年)法人化にして、有限会社玉陽堂となる。
*近世の禅林墨蹟……江戸時代からの禅宗僧が書かれた筆跡

1988年(昭和63年) 手狭になっていた工房を岐阜県美濃加茂市に移す。これを機に、当時から専門だった禅林墨跡を扱うために玉陽堂の支店として山梨県甲府市で古美術「世太奇(やたいき)」として活動。
*禅林墨蹟……江戸時代からの禅宗僧が書かれた筆跡

1992年(平成4年)禅林墨跡以外の近代絵画、古美術(陶器、金工、茶道具等)を取り扱うために活動拠点を東京都渋谷区広尾に移転。これを機に、屋号を「田口美術」と改める。

1997年(平成9年)岐阜県可児市土田に移転。

2007年(平成19年)岐阜県岐阜市に移転。これを機に、次世代作家の紹介・発表の場を回廊。

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田口美術

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